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番外編 「中村勘三郎襲名披露 七月大歌舞伎」
今年3月から始まった「十八代目 中村勘三郎襲名披露公演」
3、4、5月と、玉三郎丈との共演もあり、どれだけ東京まで足を運ぼうか迷いましたが、公演料、運賃、宿泊料などを考えると、、、二の足を踏んでしまいました。

ならば、7月の大阪公演にはぜひ!と思い、大阪在住の妹に頼みチケットを取ってもらいました。
妹によれば、かなりのプレミアチケットらしく取得に苦労したとの事。
本当にありがとうね!

また、今回の大阪行きは5月の「母の日」と8月の「母の誕生日」も兼ねた小旅行でもあります。
テレビで見た勘三郎丈の舞台を「これなら見てみたい」と言うので、妹と相談し今回の大阪行きになりました。

ですが、、、いざチケットが取れそうだ、という段階になると
「3時間も椅子に座っていられん」だの、
「大阪は暑そうや~」だの、文句を言い出す始末。
『。。。また始まった』と思いましたが、
「いい?こんなチケット中々取れないよ!観ないと損するよ~!」
と母を説得し(本当は自分が一番見たかった!)ようやく当日を迎えました。

そんな、文句を言っていた母が、舞台初体験の母が、
「こんないい舞台が見られたなんて!本当に楽しかった!」と何度も口にするぐらい、素晴らしい舞台でした。

勘三郎丈の持つ、あの魅力、あの愛嬌は、どんな言葉を行使しても言いつくせるものではありません。

夜の部では、
「宮島のだんまり」
「大津絵道成寺」
「野田版 研辰の討たれ」
の三演目。

最初が「だんまり」で最後が台詞の洪水のような演目「研辰の討たれ」だなんて、なんて粋な構成なんでしょうね。

特に「研辰の討たれ」では、舞台と観客が一体になった感じを受けました。
勘三郎丈や他の役者が発するほとばしるような台詞の洪水に、溺れぬよう、見失わないように必死に見ました。
しかし、膨大な台詞なのに頭の中にまるでスポンジが水を吸い上げるように入ってくるのです。
そんな自分に驚き、また、この舞台の脚本を書いた野田秀樹さんの恐るべき才能を垣間見たような気になりました。

先に書きましたが、勘三郎丈のあの愛嬌はどこからくるのでしょう?
今年50歳を迎えた方に失礼かもしれませんが、観劇中ずっと
「なんて愛らしい人なんだろう」と思いながら観劇していました。

拗ねてみたり、女の人のお尻を追いかけたり、機嫌をとる為に阿ってみたり、、、勘三郎丈の仕草一つ一つが、観客の笑いを引き出し、涙を引き出し、同情を引き出し、、、完全に心を掴まれてしまいました。

あれだけ笑いに満ちた歌舞伎を観たのは初めてです。
でも、「昔の歌舞伎ってもしかして、こんな感じだったのでは?」という思いもしました。
今でこそ、「歌舞伎を観る」なんて、ちょっと気取った感じがしますが、江戸時代には今回のように、大声で笑い、手を叩き、涙を流し、、、そんな舞台観劇だったのではなかったのか?と思いました。

最後、、、一枚の紅葉がヒラヒラと舞いながら、辰次の体に舞い落ちた時、劇場の観客の全ての目は勘三郎丈に注がれていたと思います。
息をするのも辛いくらい、静かで、そして壮絶な最後の場面でした。

幕が引かれ、鳴り止まない観客の拍手に、また幕が開き出演者が出てきた時の感動!
歌舞伎ではカーテンコールは無いと聞いた事がありますが、2度もカーテンコールがありました。
2度目には、少し感極まった勘三郎丈の挨拶も聞けて、
本当に!本当に!大満足の舞台でした。

玉三郎さん、勘三郎さん、こんなに素晴らしい役者と同じ時代に生まれた事を嬉しく思います。

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ミンミン
歌舞伎観劇
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「日本の染織 10 歌舞伎衣装」
最近見つけた歌舞伎関係の本です。

「日本の染職 10 歌舞伎衣裳」

何気なく手に取ったのですが、歌舞伎の衣裳が

1、歌舞伎十八番
2、時代物
3、世話物
4、所作事      (目次より)

の順で紹介されています。

玉三郎さんのお写真も何枚か使用されていますが、
「桜姫」の玉様、
「お染と久松」の玉様、
「京鹿子娘道成寺」の玉様、←「道成寺づくし」として見開きで特集のページあり。
「積恋雪関扉」の玉様。

など、どれもお綺麗な写真ばかりです。

なかでも「古典芸能図鑑 衣装」でも紹介されていた、
「伽羅先代萩」の政岡の衣裳はため息がでるほど綺麗です。
昨年の松竹座の公演でこの衣裳を見た時は
「あ、番組で紹介されていた衣裳だ!」と拝見しながら興奮してしまいました。

刺繍も凝っていて、かなり派手な衣裳もありますが(だから、舞台で映えるんですよね)、
「粋だな~」と思ったのが、
「助六由縁江戸桜」の助六の衣裳!
黒に映える赤と白の分量が素晴らしいです。(上手く表現できない~~!)

じっくり読みたい、拝見したい本です。
ミンミン
歌舞伎本
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坂東玉三郎の古典芸能図鑑
昨年のお正月に、NHKハイビジョンで放送された、
「坂東玉三郎の古典芸能図鑑」
大変、素晴らしい番組でした。
玉三郎さんに強く興味を持つようになるきっかけになった番組です。

が、ここでNHKにちょっと文句。
どうしてこんな良い番組を、正月の午前中に放送したのか?
地上波で放送した時も、真夜中に放送したでしょ~~??
誰が見るのよ~~!そんな時間に放送してっ!
私の好きなコラムニストの中野翠さんも、新聞のコラムで嘆いていらっしゃいましたよ。

随分時間をかけて収録された番組です。

1回 「能」
2目 「文楽」
3回 「歌舞伎 衣装」
4回 「歌舞伎 鬘」
5回 「歌舞伎 歌舞伎座」


1回目の「能」にはゲストに観世清和さんがいらっしゃいました。
観世清和さんとは、観世さんの著書「一期初心」でも対談をされています。
旧知の仲なのでしょうね。
面(おもて)の説明を受けている時に、時々、玉三郎さんが少し砕けた話し方をされるのが可愛らしい。

また観世さんに、面を顔に付けてみては?と言われた時の嬉しそうな顔も素敵です。

じっくり面を見たのは初めてですが、観世さんの説明を聞きながら、一つ一つの面を見るのは興味深いものです。
「能面のような」という言葉があるけれど、その言葉とは裏腹に表情豊かに感じられました。

特に、「般若の面」は、一見すると怖いという印象を受けますが、
観世さんの「泣いている女の顔だ」と言う説明を受けてみると、
とても悲しそうに見えます。
特に「霊女」という能面は、自死してしまう女の顔なのですが、
その能面の裏も見せてくださいましたが、裏も物悲しい顔なのです。
能面とは表だけじゃなく裏にも作者の思いがこもっているものですね。

装束の紹介の時は、玉三郎さんもかなり興味がおありになるのか、
一つ一つ、念の入った紹介をしていらっしゃいますし、とても楽しそう!
五百年の前の装束もあり、とても貴重な映像です。
観世さんが、「三代目の人が足利将軍の義政から頂いた」なんてスルッと言うのでビックリしてしまう。
すごい歴史ですね~~。

厳しい世界だと思うのにお二人とも穏やかな顔をして、時には子供のような表情でお話をされているのが印象的です。

あ~~~また見たくなってきた。

NHKさん!ソフト化はしないのでしょうか?




ミンミン
玉三郎
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玉三郎さんの呼び方
普段、友人などに玉三郎さんの事を話すときは
「玉さん」と言っていますが、色々な呼び方があるみたいですね。

「玉三郎丈」

「大和屋さん」

「若旦那」  などなど・・・

時々私は、「玉さん」以外に「玉様」なんて呼ぶ事もあります。

以前BSで放送されていた勘九郎さん(現・勘三郎)の番組で、

スマップの香取慎吾さん相手に、勘三郎さんが

「玉三郎のアニキ」と言っていた時は、ちょっとビックリ!してしまいました。

その「玉三郎のアニキ」のHPでは、1日に「今月のコメント」がUPされました。

7月、8月はお休みで、大好きな海に行かれるとか。。。

南座の公演でのパンフレットでは、すっかり色白のアニキですが、

また、少し日焼けして健やかなお姿で戻ってきてほしいなと思います。
ミンミン
玉三郎
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玉三郎さんとの出会い
昨年のお正月に放送された
「古典芸能図鑑」を見て、玉三郎さんのファンになりました。


……………が、、、


なぜ、「古典芸能図鑑」を見たのか??

放送時間もお正月の午前中だったし、
なぜあの時間にわざわざNHKハイビジョンを見たのか?
玉三郎さんのファンだったから?、、、否。


記憶を辿ってみると、小学生の時にTVで見た玉三郎さんの姿が、私の頭の中にず~~っと残っているのです。

記憶違いだったらごめんなさい。
多分ですけど、勘九郎さん(現・勘三郎)の特番か何かに、玉三郎さんが出演されていたのを見て、小学生だった私は

……………何この人?

と、強く強く思ったのを覚えています。

舞台が終わり、楽屋に戻ってきた(か、楽屋から出てきた)玉三郎さんが、TVカメラに向かって、ニッコリと微笑んだ映像だったのですが、、、
見た事もない程の「綺麗な女の人」が、「人間離れした動き」で、ニッコリと微笑むのを見て、
子供心に「世の中にはこんなに綺麗な人がいるんだ」と思ったのです。

「人間離れした動き」とは、、、上手く説明できませんけど、
まだ、衣装を着て、顔もしたままの玉三郎さんが、
スーッとTVカメラに近づいてきたのですが、
その動きが、何か台車に乗せられて引っ張られたような動きとでも言いましょうか、「自分の足で歩いている」感じではなかったんです。
(でも、子供の頃の記憶なので、今もしその映像を見ると全然違うかも。。。)

ほんの短い映像だったけど、私の中に初めて「坂東玉三郎」という人がインプットされた出来事でした。

多分その短い記憶が私の中に残っていたから、
「古典芸能図鑑」を見ようと思ったんだと思います。
そしてあの番組を見て

玉三郎さんの事を知りたい!

と強く思うようになったのです。


ミンミン
玉三郎
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